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お城を散策 〜歴史のドラマをもう一度〜

時代を振り返り、戦乱の舞台となった城跡。ひとつひとつに歴史ドラマが秘められ、整備、復元された城…。 歴史あり、木陰あり、石段あり…。 運動、芸術、文化の秋にピッタリの場所は、お城ではないだろうか…。

高根城

運動量

散策コースとアスレチックコースを選べる。石段からなる山道は15分ほどの道のりで適度な運動には最適。100mほど続くアスレチックやローラー滑り台のあるコースは、「楽しんで城へ到達」と子供たち向き。頂上からは水窪の自然豊かな町並みを見る事ができます。

城メモ

永正年間(1504〜21)北遠の豪族奥山氏が高根山山頂付近に築城、遠州三河に侵攻した武田信玄・勝頼の軍勢が元亀元年から天正4年(1570〜76)にかけて改修、居城したと伝えられる。県埋蔵文化財調査研究所などが平成5年から発掘調査を始め、全国で初めて城内道まで含めた山城の全容が判明。「発掘した遺構に基づく戦国期の全国初の山城の復元」となった。

別名/久頭合城、古くは葛郷城 浜松市天竜区水窪町地頭方160
TEL.053-982-0013(水窪文化会館)

浜松城

運動量

広い浜松城公園内に位置し、市役所側からなだらかな坂道、中央広場側からは急な坂の石畳を登ると辿り着く。木々が覆い散策には気持ちいい環境。※平成24年10月より天守閣工事が始まる為、場合によっては通行止めとなります。現地案内看板に従って下さい。

城メモ

徳川家康29歳から17年間、駿遠経営の本拠と定めた。現存する石垣は築城当時のもので、戦国の面影を残し400年の風雪に耐えた重厚な造り。「野面積み」と言い、自然石を上下に組み合せて積み上げ、表面に隙間があるものの奥が深く堅固に構築。城内は、1・2階と徳川家康の難戦ぶりが語られ、3階は海抜50m、天竜川、遠州灘、赤石連山…と見晴らしのいい展望台となっている。

ちょっと寄り道

散策に疲れたら、気分も一新に「お手前頂戴」。浜松城公園の一角に開席された本格的な茶室「松韻亭」では、呈茶サービスが行われている。時が止まったような静けさと、緑豊かな庭園の美しさの中はきっと満足頂ける!!茶席とかしこまらずに、気軽に普段着のままで訪ねてみよう! (400円茶菓子付)。
営業時間10:00〜12:00、13:00〜16:00
休館日/月曜、祝日の翌日、および年末年始 浜松市茶室松韻亭Tel.473-4310

別名/出世城 ・昭和33年4月再建
浜松市観光交流課TEL.053-457-2295 浜松城 TEL.453-3872
入館料/高校生以上150円、小中学生無料
開館時間/8:30〜16:30 休日/12月29・30・31日

掛川城

運動量

城に辿り着くのに大きな石段が構え、ここはなかなかの体力勝負!!何度も折曲がったこの狭い階段は、敵の侵入に備えた登りにくい造りとなっているという。城内は靴を脱いで最上階に続く傾斜も急な「58度」の階段はまさにドキドキの連続。城見学後は御殿へ。なんと287坪(246畳)もの広さだ。

城メモ

室町時代に駿河の守護大名今川氏が遠江進出を狙い、家臣の朝比奈氏に命じて築城させたのが掛川城のはじまり。戦国時代には、山内一豊が10年間城主となり天守閣を建立され、「東海の名城」とうたわれるほどの美しさを誇った。嘉永7年(1854)の大地震で倒壊、明治維新を迎えて廃城となった。が、長年の市民の願いが叶い、10億8千5百万円かけて日本初の本格木造、3層4階建ての天守閣が140年ぶりに復元された。最上階は海抜70mの見晴らし! また、最上階では城の説明も受けられる。

別名/雲霧城・平成6年4月復元 掛川城TEL.0537-22-1146
入館料/小中学生150円、高校生以上400円(天守閣、御殿共)
開館時間/9:00〜17:00(11月1日〜1月31日は16:30迄)  
休日/12月30日〜1月1日

小山城

運動量

小高い丘の能満寺山公園内に位置し、「町のシンボルに」と、国宝犬山城をモデルに造った3層5階建て。駐車場より3分ほどの石段を上がれば城に到着。1、2階は資料展示室、3、4階の階段を抜け海抜51mの天守閣展望台。晴れた日には富士山も見える。

城メモ

駿河守護の今川氏によって築かれ、今川氏没落後は大井川を境として西を徳川氏、東を武田氏が領有し、家康は松平左近真乗に小山周辺の知行地を与えた。両軍の攻防戦の結果、松平氏の領有となる。元亀2年(1571)、武田信玄が南下。小山城に入り、本格的な築城が始まり、以降11年間武田氏の武将が守り、信玄病死後は勝頼が継承。元亀3年(1572)5月長篠の合戦で織田、徳川連合軍の鉄砲隊に大敗。天正10年(1582)2月、自ら城に火を放ち甲州へ落ちのびた。

ちょっと寄り道

  1. 城への入り口である能満寺には、高さ6m、樹齢1000年を越えるという「大ソテツ」がある。国の天然記念物、日本三大ソテツのひとつであるので、ぜひ御覧頂きたい!!陰陽師として有名な安倍晴明が植えたという伝説も残っているので興味深い。
  2. 毎年11月3日(祝日)には小山城まつりが開催される。町の特産品の販売や各種アトラクションが行われ、毎年多くの人で賑わう。

昭和62年8月再建
静岡県榛原郡吉田町片岡2519-1 能満寺山公園内
吉田町産業課TEL.0548-33-2122
入館料/6歳以上100円、15歳以上200円
開館時間/9:00〜16:30   休日/月曜日(但し、月曜日が祭日の場合はその翌日)

コラム

城と御殿

記録に残る日本の城は25000に達するという。天守閣を備えた立派な城もあれば、柵で囲うだけの砦というものも。しかし、大坂夏の陣(1615)直後の徳川幕府の一国一城令により一挙に整理され、今も残るのはたったの12という貴重さ(多くは復元、復興のもの)。

「城」は、狭く急な階段の造りで生活には非常に不便な場所。実際に殿様が生活したのは「御殿」である。天守閣を復元する城は多いが、御殿を復元しているところはほとんどなく、本丸御殿が完存するのは高知城のみ。他に川越城(埼玉)の「本丸御殿の玄関と大広間」、二条城(京都)の「二の丸御殿、(本丸御殿は移築)」、そして掛川城の「二の丸御殿」。寺尾聡・宮崎美子主演の「雨上がる」映画ロケも当所で行われた。

城の立地条件

城は敵の攻撃を防ぐために築いた防御施設なので、侵入しにくい位置に造ることはもとより、飲料水・生活用水の確保という点からも「井戸の掘れる場所」というのも築城の大事な条件だった。ろう城時、城外から水を引き入れる事は敵に水路を遮断されたり、汚物や毒物を投入される危険性があるので、必ず城内に井戸を掘って貴重な水源に。姫路城、大阪城、熊本城、江戸城、名古屋城に現存し、熊本城にはなんと125個もの井戸が掘られたという。

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